おらが街のヒーロー。小さい頃に耳慣れたそんなフレーズを、ふいに聞いたのは、Sb創刊よりさらに4年前だったか。それはサンフランシスコへの撮影旅行から帰ってきたフォトグラファーTAROとの会話の途中だった。そこにはノーカルプライドというような雰囲気があって、スケートボーダーは街の中の必然的な存在になっていたという。おらが街のヒーローがプッシュして、スラッシャーの表紙を飾っているという。坂の街、サンフランシスコに近隣のオークランドやリッチモンド、それにカリフォルニア州都のサクラメントなど、北カリフォルニアの街のヒロイズム。それはスケートボードから生まれることが多いのが特徴かもしれない。スケートボードがとてつもなく上手くて、とてつもなくかっこいいヤツがいる。それは、トミー・ゲレロやジム・シーボにはじまり、マイク・キャロルだったりマーク・ゴンザレスだったり。それからジュリアン・ストレンジャーなどなど。そんな群雄がプッシュする地域で、ひときわ世界中のキッズの視線を集めるスケートボーダーがいた。ジョン・カーディエル。彼はエネルギーに満ちあふれた滑りで、Rからストリートとなんでも楽しんでしまえる、そしてメイクしきってしまうスケートボーダー。Sb最新号の48ページ目、ジャイ・タンジュの撮影したパワフルなライディング写真が彼である。サクラメント出身でジュリアン・ストレンジャーや、マット・ロドリゲスといったスケーターズ・スケーターとプッシュし続け、名実ともにおらが街のヒーローとなっていく。しかし、2003年のツアー中に起きた事故。それにより半身不随になってしまう。それでも彼はエネルギーを枯らすことはなかった。盟友ジュリアン・ストレンジャーとピストバイクで駆けるまで回復し、新たなプロジェクトにも参加することになる。そのひとつが、ヘッドウエアブランド〈OFFICIAL〉のアンバサダーとしての活動だ。ノーカルプライド、おらが街サクラメント発信のブランドに、おらが街サクラメントのヒーローで、復活したリビングレジェンドのジョン・カーディエルが参加する。それは大きなトピックスとなってシーンを奮わせた。彼のデザインしたキャップや、ステファン・ジャノスキら契約ライダーたちのシグネーチャーモデルもラインナップされているのだけれど、ヘッドウエアでシグネーチャーモデルが出るというのがスケート界隈っぽくて面白い。今やハードギアとシューズなどはもちろんのこと、アクセサリーだけでなくアンダーウエアやソックスまでもシグネーチャーがある時代。それはすなわち、絶大な存在感や影響力をもった、おらが街のヒーローたちが出現・席巻しているということだ。そして、それを許容し、楽しみ、琢磨する成熟したシーンがあるということだ。その最初の一歩の頃から現在に至るまでヒーローであり続け、ポジティブなプッシュをし続けるスケートボーダー、オトコ、ジョン・カーディエル。ジャイが撮った彼のオフィシャルな一枚とともに、ブランドの余韻を楽しんでいただけたらと。ちなみに、TAROとの会話から2年後。今度は僕も同行者となってノーカルへといくことに。そして、サクラメントでの夜。ジョン・カーディエルの家に泊めてもらったのだけれど、おらが街のヒーローのダイズゲームは、とても面白く、そして容赦がなかった。何ボックスかドル札をはねられたが、今となっては良い思い出だ。